【鍵配列暗号】その合言葉が鍵になる。 -鍵配列型の換字式暗号-【ANGOUのすゝめ】オマケ#1

他の誰にも読まれたくない秘密のメモ。でも、複雑な暗号表を持ち歩くのはスパイ失格です。

必要なのは、たった一つの「合言葉」だけ。 今回は、あなたと伝えたい相手の頭の中にある言葉を鍵にして、鉄壁の守りを作る「鍵配列型」の換字式暗号をご紹介します。

キーワード(合言葉)換字式暗号

まずは、この文字列を見てください。

KHOOR ZRUOG

これは有名なシーザー暗号で暗号化された「HELLO WORLD」です。なんとなくパターンが見えますよね。(シフト数+3)

では、これはどうでしょうか?

BSGGN WNPGI

一見するとデタラメに見えますが、これも立派な「HELLO WORLD」です。ある「合言葉」を知っている人だけが、この変換ルールを一瞬で作ることができます。

今回紹介するのは、単調な「ずらし」ではなく、キーワードを使ってアルファベットの並びそのものをかき混ぜる「鍵配列型」の暗号です。パズルを解くような感覚で、その仕組みを紐解いていきましょう。

換え字式暗号である、合言葉を鍵言葉として利用し、転置表を作成する鍵配列型暗号の紹介記事ネイル

合言葉の換字式暗号

 合言葉の換字式暗号では、合言葉を用いて変換表(鍵配列)を作り、文字の置換をおこなうことで暗号化と復号を行う暗号です。

鍵語”Helios

例として、”Helios“という合言葉で変換表をつくります。

合言葉から、変換表を作る方法はいろいろありますが、単純にアルファベット表の一番初めから置き換え対応をつくってみます。

鍵配列の作り方

 Heliosが鍵言葉なのでこれを鍵配列の一番初めに配置し、そのあとは、鍵言葉に無いものをアルファベット順に並べるだけです。

作成手順

  1. 鍵言葉をはじめに置く
  2. 鍵言葉で使わなかったアルファベットを並べる

鍵言葉が”Helios”の時の鍵配列は、“HELIOSABCDFGJKMNPQRTUVWXYZ”となる。

鍵配列を用いた暗号化と復号

変換表(換字表)の作成

鍵配列ができたら、標準のアルファベットと上下に並べて「変換表」を作ります。これが暗号化・復号の地図になります。

暗号化してみよう

この表を使えば、誰でも簡単に暗号化できます。ルールは「上の文字を見つけて、下の文字に置き換える」だけです。

例えば 「HELLO」 を暗号化してみましょう。

  1. H を探す → 下を見ると B
  2. E を探す → 下を見ると S
  3. L を探す → 下を見ると G
  4. L を探す → 下を見ると G
  5. O を探す → 下を見ると N

つまり、「HELLO」は 「BSGGN」 という暗号文になります。

復号(解読)するには?

暗号文を受け取った人は、同じ「Helios」という合言葉を知っていれば、同じ表を作ることができます。 復号するときは逆の手順、つまり「下の文字を見つけて、上の文字に戻す」ことで、元のメッセージを読むことができます。

合言葉式の換字暗号のいいところは?

なぜ「鍵配列」を使うのか? 3つの強み

 単に文字をずらすだけのシーザー暗号や、完全にランダムに文字を入れ替える方式と比べて、この「鍵配列(キーワード)」方式には、過去スパイや軍隊も採用したくなるような、実用的なメリットがあります。

1. 圧倒的な「鍵のパターン数」

 シーザー暗号の弱点は、「たった25回ずらせば必ず正解が見つかる」という点にあります。総当たり攻撃に非常に弱いのです。 しかし、鍵配列型は「どんな言葉」も鍵になり得ます。辞書にある単語の数だけパターンがあるため、「とりあえず全部試してみる」という力技が通用しません。(現代のPCなら可能ですが..)

2. 証拠を残さず、記憶だけで運用できる

 セキュリティを高めるために「A=X, B=Q, C=L…」と完全にバラバラな変換ルールを作れば、解読は難しくなります。しかし、そんな複雑な表は暗記できません。もしその「変換表(コードブック)」を敵に奪われたら終わりです。 鍵配列型の最大の利点は、「合言葉ひとつ覚えていれば、その場で表を再現できる」ことです。危険なメモを持ち歩く必要はありません。

3. 鍵の交換が簡単

「明日の合言葉は『APPLE』にしよう」 たったこれだけで、変換ルールをすべて刷新できます。定期的に鍵を変えることで、万が一解読されそうになっても、すぐにセキュリティを立て直すことができます。

まとめ

 鍵言葉式の換字式暗号について理解できたでしょうか。

シーザー暗号などよりは強いですが、この暗号も無敵ではありません。「頻度分析(Eなどのよく出る文字の偏りを調べる方法)」には弱いため、現代のコンピューター通信では使われません。 しかし、電気も計算機もない環境で、ペンと紙だけで秘密を守ろうとした先人たちの知恵として、非常に完成度の高い仕組みと言えるでしょう。

 (スパイごっこには、十分すぎるくらい適役な暗号方式になると思います。)

換え字式暗号の中には、この「頻度分析」で解読されにくいように工夫されたものもあります。それについては以下の記事で紹介しているので興味があれば見ていってくれると嬉しいです。

関連記事は、2025年12月23日に公開予定 (あと3日)

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暗号の分類と転置暗号を理解する

ここまで読んでいただきありがとうございます。

では、次の記事で。 lumenHero