πが無理数であることの証明:ランベルトの功績と連分数展開の歴史【ランベルトの連分数展開 #1】

円周率 π が無理数なのは当たり前?

現代の数学教育を受けた私たちにとって、「\(\pi\) が無理数(分数で表せない数)である」という事実は、もはや疑う余地のない常識かもしれません。

現代的な証明であれば、\(\pi = a/b\) と仮定して積分を用いた背理法によって、数ページで鮮やかに矛盾を導き出す方法が広く知られており、大学の入試問題で出るくらいの難易度の問題となっています。しかし、この「常識」が証明されるまでには、人類の歴史の中で途方もない年月と試行錯誤が必要でした。

今回は、その沈黙を破った18世紀の数学者、ヨハン・ハインリヒ・ランベルトのエピソードを紹介します。彼が \(\pi\) の正体を暴くために編み出した手法は、実は無理数の証明以上に、現代のコンピュータにおける数学演算の根幹を支える強力な武器となっています。

ランベルトの連分数展開 
\[\tan x = \cfrac{x}{1 – \cfrac{x^2}{3 – \cfrac{x^2}{5 – \cfrac{x^2}{7 – \dots}}}}\]
(次回 導出編tan x の連分数展開の導出:微分方程式を用いた数理的アプローチ【ランベルトの連分数展開 #2】で導出しています)

ランベルトの連分数展開とランベルトが証明したπが無理数であることについて解説した記事のサムネイル

1. 未解決問題への挑戦:18世紀の天才ランベルト

ヨハン・ハインリヒ・ランベルトの肖像画

ヨハン・ハインリヒ・ランベルト
(1728-1777,神聖ローマ帝国 -ドイツ.プロイセン)

18世紀、数学界には「\(\pi\) は有理数なのか、無理数なのか」という巨大な壁が立ちはだかっていました。古代から多くの数学者が近似値を求めてきましたが、その本質的な性質については誰も証明できていなかったのです。

1761年、スイス・ドイツのポリマス(博学者)であったヨハン・ハインリヒ・ランベルト(Johann Heinrich Lambert)が、この難問に終止符を打ちます。

彼は単に \(\pi\) を直接調べるのではなく、「\(\tan x\) という関数を、連分数という特殊な形で表現する」という全く新しいアプローチを世に示しました。

光学におけるランベルト

彼は数学だけでなく、光の計測(測光法:Photometry)の開拓者でもあります。
現代でも光学やCG、分析化学の世界で彼の名前を耳にする機会があると思います。

  • ランベルト・ベールの法則(Lambert-Beer law):光が物質を透過する際、その強度が「透過距離」と「物質の濃度」に対して指数関数的に減衰するという法則です。
    \[I = I_0 e^{-\alpha \ell}\]
    もともとはピエール・ブーゲが発見し、ランベルトが体系化(ランベルトの法則)、その約100年後にベールが「濃度」の概念を加えたため、この名前で呼ばれています。
  • ランベルトの余弦則(Lambert’s cosine law):理想的な拡散反射面(ランベルト面)において、反射光の輝度がどの角度から見ても一定に見えるという法則です。CGのライティング計算(Lambertシェーディング)でおなじみのやつですね。

2. 論理:\(\tan x\) が有理数なら、 \(x\) は無理数

ランベルトが導き出した結論の中で最も衝撃的だったのは、以下の定理(レンマ)でした。

「\(x\) が \(0\) 以外の有理数であるとき、\(\tan x\) は必ず無理数になる」

この一見地味な定理が、なぜ \(\pi\) の正体を暴くことになったのでしょうか?

ここで、私たちがよく知る「\(\tan\) の値」を思い出してみましょう。
\[ \tan \left( \frac{\pi}{4} \right) = 1 \]
この式は、\(\pi/4\) という角度を入れれば、結果が \(1\) になることを示しています。ここで、ランベルトの定理を対偶(もし A ならば B \(\rightarrow\) もし B でないなら A でない)に置き換えて考えてみます。

  • 元の命題: \(x\) が有理数なら、\(\tan x\) は無理数。
  • 対偶命題: \(\tan x\) が有理数なら、\(x\) は無理数。

さて、\(\tan(\pi/4) = 1\) において、結果の「\(1\)」は明らかに有理数(\(1/1\))です。

対偶命題に従えば、中身の 「\(\pi/4\)」は無理数でなければならない ことになります。

\(\pi/4\) が無理数であれば、当然その4倍である\(\pi\) も無理数 です。

こうして、ランベルトは連分数という道具を使い、人類で初めて「\(\pi\) の無理数性」を数学的に証明したのです。

超要約して説明するとこんな感じになります。
詳しい数学的証明などは次回tan x の連分数展開の導出:微分方程式を用いた数理的アプローチ【ランベルトの連分数展開 #2】にまとめてあります。


3. 250年後の今、私たちの手元で動く「ランベルトの知恵」

ランベルトがこの証明のために開発した「連分数による関数の近似」は、単なる歴史的発見に留まりませんでした。

現代のコンピュータは、三角関数を計算する際にマクローリン展開(多項式)をよく使いますが、実は特定の範囲や精度においては、連分数の方が圧倒的に効率よく、かつ安定して値を求められるケースが多く存在します。

私たちが電卓アプリを叩いたり、プログラムで sintan を呼び出すその裏側には、250年前にランベルトが \(\pi\) の正体を追い求めたときと同じ数理のアルゴリズムが、今もなお脈々と生き続けているのです。


次回予告:理論編

ランベルトの連分数の歴史や概要について今回はまとめてみました。次は、その「中身」に迫ります。
なぜ \(\tan x\) を連分数で表すことができるのか? その導出には、微分方程式という現代数学の強力なツールが隠されていました。

次回、「微分方程式から連分数を生み出す」。できるだけわかりやすくまとめたつもりです。興味があれば覗いてみて下さい。 tan x の連分数展開の導出:微分方程式を用いた数理的アプローチ【ランベルトの連分数展開 #2】

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